誰のための料理?
『ジュリー&ジュリア』という映画を見た。
1950年代に活躍したアメリカの有名な料理研究家ジュリー・チャイルドの、料理本に出てくる料理を、現代の作家志望の主婦ジュリアが全品再現してブログに載せていくという話。二人とも実在人物。内容もほぼ真実。原作はジュリア本人。
物語は、二人の話を交互に織り交ぜながら進んでいく。メリル・ストリープが演じる大柄で食いしん坊のジュリー役が、それはそれは魅力的。胸いっぱいに息を溜めて、お腹の底から言う「ボ~ンナペティ!!」。
夫役の男性は、名前はよく知らないけど、確か『プラダを着た悪魔』でも共演していた。あのときはオカマ役で。この夫婦がまた絶妙。
夫の転勤でパリに住んだジュリーが、フランス料理に魅せられて、ついには女性で初めてコルドン・ブルーを卒業してしまう。彼女の料理本のコンセプトが、「アメリカ人の主婦が正統派フレンチを助手なしで作る」というもの。まあ、料理的にはバターたっぷりのソースばかりで、いまの時代にはかなりヘビーだけど。おいしそうです。
絵に描いたような蚤の夫婦なんだけど、夫は妻の料理をほめ倒し、妻を心から愛し、妻の行動すべてを楽しみ、喜ぶわけです。食べっぷりに感服し、あらゆる店に同行し、帰宅直後に「今日の夕飯は何?」と聞き、いそいそとテーブルをセッティングする。
ああ、そうだな、と思う。料理は食べる相手がいないと成立しない。少なくとも女にとって料理はたまには自分一人のために気張って作るということもあるかもしれないが、私の場合、年に1~2度あるかないか。 なにせすでに料理はストレス解消の域なので。
そういえば、夫はここ10年来、いや、20年近く、家のご飯以外食べていないかもしれない。家族での外食は別として。昼も弁当持参だし、私が外食するときも、一人で家で食べているし、飲み会から帰っても食べるし。
だから、私が、自分の作った料理を食べてもらえない日というのもないということだ。考えてみればすごいことだな。もし、作った料理を無駄にすることがあったら、そのときのストレスはどのくらいだろう。
自分の料理好きは、母のおかげだということは確か。母自身が好きだったかどうかは別だが、とにかく料理は上手かった。おいしいものを作って、おいしいと言うこと、言われることの喜びを知ることができた。
今の母にとって食事は、ただ命を長らえるための栄養源。もちろんホームの料理は、おいしくて、バランスがよくて、一緒に食べる人もいるから、入所前の数年間、一人で食べていた頃よりはマシなのかもしれないけれど。
母が、誰かのために料理を作ることを続けていたら、と思う。続けさせてもらえていたら。少なくとも私は、いくつになっても決して、手放したくない。
(おとな愉快団!「チーム三行半」こてちママ)






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