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納豆戦争

夫と義姉の間で、二人の両親の夫婦ゲンカの話になった。はるか昔の話。なんでも「歴史に残る」大ゲンカだったらしい。原因は「納豆」。

「私がいけなかった」。義姉がようやく明かした衝撃の事実。


義父は、大好物の納豆の食べ方に、あまりかき混ぜない、よけいなものは加えない、など、かなりのこだわりを持っていたらしい。古い一家の長であるからして、家の者もそれまで、その「おきて」を忠実に守ってきた。

ところが、その朝に限って、義姉は、何を思ったか、家族分をまとめた大きな納豆の丼を、思いっきりかき混ぜたそうである。それこそ泡だらけになるまで徹底的に。その上、庭の鶏の生みたて卵まで入れてしまった。

当然、義父はムッとする。ひと言、文句を言わないと気がすまない。

といっても、温厚な(私は会ったことないけど)義父のこと、頭から怒鳴ることなどなかっただろう。ひと言、いや二言、いや三言くらい、小言をいう程度だったかもしれない。

それを、支度しながら背中で聞いていた義母が、やおらキレた。


「納豆くらい、どうだっていいじゃないか!!!」


そう怒鳴ったかと思うと、持っていたおたまをバーーンッと置く、茶わんをガチャンッと投げる、ヅカヅカとやってきて、ちゃぶ台を上の食器ごと持ち上げ、ガッチャーーーンッ!!!

とひっくり返す。おぉ!これは、まさに星一徹か寺内貫太郎状態。

……いや、ちょっと脚色。でも、実際、二人の記憶によれば、茶わんが飛び交い、ちゃぶ台は確かにひっくり返ったという。

「納豆だったのか…」。

真実を知り、呆然とする夫。末っ子の彼は当時、小学1年か2年。さぞ怖かったはず。母ちゃんは、父ちゃんは、仲良しの両親は、いったいどうしちゃったんだぁ~~?!(泣)。

さて、その後については、二人の記憶はあいまい。一説には、義母は一時その場からいなくなり、義父は黙って片づけていたとかなんとか。

その頃の義母の年齢は、おそらく40歳のちょっと手前。3人姉妹の長女として、働きに働いて家を支え、戦火をくぐり抜けた後、婚家に請われて、3歳年下の長男に嫁ぎ、5人の子を産み、おとなしいが頑固者の夫と、気の強い姑に仕え抜いた、まさに昭和の母の鏡。

耐えに耐え、忍びに忍んだ末の大爆発。たぶん、いろんなことが、本当にいろんなことが、彼女の胸にいきなり去来したのだろう、納豆をきっかけに。

大して耐えてもいないのに、ちょいちょい小爆発を繰り返しながら、その年齢をとうに超えた自分にも、なんとなくわかる。そのときの義母の気持ちが。誰でも、同じ道を歩いていくんだね。なんだかうれしいような、切ないような。

閑話休題。今は共に鬼籍に入った二人だけれど、夫婦のむき出しの在りようを教えてくれたと思う。どんなであれ、家族の営みのプロセスには、けっこう似たような節があるもの。年を重ね、その節をいくつも乗り越えた後に、たぶんかけがえのない、オリジナルの夫婦ってものができ上がるのかもしれない。

(おとな愉快団!「チーム三行半」こてちママ)

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