ブログ愉快団!

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2009年11月25日

無理は禁物

自室に置いたお気に入りの椅子のリクライニングシートの背を、元に戻して立ち上がろうとした途端に、肩先から背中にグキッという激しい痛みが走った。

何事が起きたのか???という思いを抱きながら、じっとしていれば、痛むは去るかと思ったが甘かった。

痛みは肩・背・胸へジワジワと広がっていく。仕事をしている主人の部屋まで何とか歩き、近くの病院へ。

2,3分しかかからない距離なのに、とても遠く感じ、途中から猛烈な悪寒に襲われた。


診察室に運ばれるとお決まりの体温、血圧、心電図と検査。

この順を踏むあたりからもしかすると・・・とひそかに思い当たる。


狭心症の発作は胸を強力につかまれるような(これは横綱級の握力で掴まれるといわれる)痛み、ヤケ火箸を突然あてられるような痛み、そしてひどい肩こりや背中の痛みと言われる。過去には強力に胸をつかまれた経験はあった。

どうやら~~と自覚したら医者の処方でニトロが舌下に。

痛みは少しずつ遠ざかっていく。入れ替わりのように頭痛。

ニトロで血管拡張をしているから当然頭痛が出るのだろうが、今回の頭痛は我慢の限界を越えていた。


気がつけば右腕にはすでに点滴の管があり、頭を振ろうにも、ギクシャク。


血管拡張剤の投与で、10人に1人はこの頭痛に悩まされると、後から医者に説明された。

10%の確率が出る障害なら改善すべきだろう!と腹がたったがどうなるものでもない。

やがて頭痛を和らげる薬も処方される。


典型的な狭心症で即入院。


思いかえせば年齢もかえりみず、夏の終わりから無理を重ねた。

介護に限度もなく、あれもこれも、とついつい、いろいろするから知らないうちに身体はついてこれなかったのだろう。

身体にひびくような苦労を強いたな、謝る主人の言葉が妙薬だった。

(おとな愉快団!「チーム三行半」u子)

2009年11月19日

納豆戦争

夫と義姉の間で、二人の両親の夫婦ゲンカの話になった。はるか昔の話。なんでも「歴史に残る」大ゲンカだったらしい。原因は「納豆」。

「私がいけなかった」。義姉がようやく明かした衝撃の事実。


義父は、大好物の納豆の食べ方に、あまりかき混ぜない、よけいなものは加えない、など、かなりのこだわりを持っていたらしい。古い一家の長であるからして、家の者もそれまで、その「おきて」を忠実に守ってきた。

ところが、その朝に限って、義姉は、何を思ったか、家族分をまとめた大きな納豆の丼を、思いっきりかき混ぜたそうである。それこそ泡だらけになるまで徹底的に。その上、庭の鶏の生みたて卵まで入れてしまった。

当然、義父はムッとする。ひと言、文句を言わないと気がすまない。

といっても、温厚な(私は会ったことないけど)義父のこと、頭から怒鳴ることなどなかっただろう。ひと言、いや二言、いや三言くらい、小言をいう程度だったかもしれない。

それを、支度しながら背中で聞いていた義母が、やおらキレた。


「納豆くらい、どうだっていいじゃないか!!!」


そう怒鳴ったかと思うと、持っていたおたまをバーーンッと置く、茶わんをガチャンッと投げる、ヅカヅカとやってきて、ちゃぶ台を上の食器ごと持ち上げ、ガッチャーーーンッ!!!

とひっくり返す。おぉ!これは、まさに星一徹か寺内貫太郎状態。

……いや、ちょっと脚色。でも、実際、二人の記憶によれば、茶わんが飛び交い、ちゃぶ台は確かにひっくり返ったという。

「納豆だったのか…」。

真実を知り、呆然とする夫。末っ子の彼は当時、小学1年か2年。さぞ怖かったはず。母ちゃんは、父ちゃんは、仲良しの両親は、いったいどうしちゃったんだぁ~~?!(泣)。

さて、その後については、二人の記憶はあいまい。一説には、義母は一時その場からいなくなり、義父は黙って片づけていたとかなんとか。

その頃の義母の年齢は、おそらく40歳のちょっと手前。3人姉妹の長女として、働きに働いて家を支え、戦火をくぐり抜けた後、婚家に請われて、3歳年下の長男に嫁ぎ、5人の子を産み、おとなしいが頑固者の夫と、気の強い姑に仕え抜いた、まさに昭和の母の鏡。

耐えに耐え、忍びに忍んだ末の大爆発。たぶん、いろんなことが、本当にいろんなことが、彼女の胸にいきなり去来したのだろう、納豆をきっかけに。

大して耐えてもいないのに、ちょいちょい小爆発を繰り返しながら、その年齢をとうに超えた自分にも、なんとなくわかる。そのときの義母の気持ちが。誰でも、同じ道を歩いていくんだね。なんだかうれしいような、切ないような。

閑話休題。今は共に鬼籍に入った二人だけれど、夫婦のむき出しの在りようを教えてくれたと思う。どんなであれ、家族の営みのプロセスには、けっこう似たような節があるもの。年を重ね、その節をいくつも乗り越えた後に、たぶんかけがえのない、オリジナルの夫婦ってものができ上がるのかもしれない。

(おとな愉快団!「チーム三行半」こてちママ)

2009年11月09日

グランマ文珠の平成21年11月の運勢

グランマ文珠の
11月の運勢(平成21年11月7日~12月6日)
*1月から節分までの人は、前年生まれとなります。


一白水星
(S2・11・20・29・38・47・56年生)
▲▲

取り越し苦労が多くなりそう。無理をすると失敗を起こしやすい月。事故や盗難に注意してください。下痢やお腹の冷えに気をつけて。


二黒土星
(T15・S10・19・28・37・46・55年生)
★★

明るい気運になってきました。人のアドバイスをよく聞けば順調に物事も運びます。温泉でゆっくりも吉。消化器を大切に。


三碧木星
(T14・S9・18・27・36・45・54年生)
★★★

何でも楽しくできて、やる気十分。いろいろな人との交流が実り、思わぬ副収入も期待できます。でも、軽口は程々に。


四緑木星
(T13・S8・17・26・35・44・53年生)

いいところまで進んでいる計画が頓挫するかも。でも、成功させるには念には念を入れて。腰痛、打ち身、捻挫に注意を。


五黄土星
(T12・S7・16・25・34・43・52年生)

気が大きくなる分、周囲の反発も買います。協調性が求められるとき。何事も機を見て慎重に行動を。夜遊びが過ぎると持病が再発。


六白金星
(T11・S6・15・24・33・42・51年生)
★★

目上の人の引き立てや大物の援助で、予想以上に事が進みます。順調すぎて怖いくらい。金運も良好ですが、使いすぎに注意。


七赤金星
(S5・14・23・32・41・50年生)

慶事が続き、食事会などで忙しくなりそう。控えめな姿勢をキープして。暴飲暴食に注意し、冬に向けて身体づくりに励みましょう。


八白土星
(S4・13・22・31・40・49・58年生)
★★

年内に勝負に出るなら今月がチャンス。思い切った改革も効果を上げます。なるべく郊外に出て身体を動かしましょう。


九紫火星
(S3・12・21・30・39・48・57年生)

進行途中で邪魔が入り、ムッとすることも多い時期。焦りは禁物。冷静に対処してください。趣味などでストレスを上手に発散して。

グランマ文殊(加藤文殊:21世紀占術学会・易占、気学)

(おとな愉快団!「チーム三行半」こてちママ)

2009年11月05日

ランチ談義

昼食は外食が多い。出先で食べるのも楽しみの一つ。

平日のランチ時は50代から60代のマダムのグループが多い。

聞くともなしに、いろいろな話が聞こえてくる。なんたって、でかい声。

となると食べながら聞くことにしている。

リーダーっぽいマダムの家庭の話はけっこう面白い。

定年で家にいるご亭主の話しは話題に事欠くことなく、共感も得ながらどんどん声は大きくなっていく。

「何もやらない」
「このままだとボケる一方」

のような話がやっぱり多い。

「だから力仕事は私は一切やらないの」

とある程度の結論が出るまで、話は延々と続く。

グループで話をしていると、中には必ずと言っていいくらい、「イエスマダム」がいる。

誰かの話を繰り返し、「そうよね。ほんとよね。大変よね」

いいタイミングで相槌を打って、話を盛り上げている。「イエスマダム」は自分のことは決して話さないし、誰も話を振ることもしない。

グループでのランチ談義には、役割分担が必要なようだ。

ふむふむ、面白い傾向だなぁと思いながらも、家に帰って定年のご主人とはどんな会話をするのかとちょいと尋ねてみたい衝動を抑えながら、隣のテーブルで一人黙々と食べている私である。

(おとな愉快団!「チーム三行半」いっけい)