介護祭りの共感
『市民後見人養成講座』で知り合った人の案内で、先週の土曜日、「介護なんでも文化祭」なるものに行ってきた。
会場は四谷の上智大学のキャンパス。体育館と12号館を借り切った、思いのほか大規模なイベント。
「市民発」と謳っているだけあって、ベッドだの器具だのの業者がやたらパンフを配る、いわゆる「介護フェア」とは明らかに違う。
どちらかというとハードよりソフト寄りな感じ。介護保険から在宅介護のイロハ、セミナーは認知症、福祉業者の選び方、介護者対象のセラピーやカウンセリングもある。
要するに、介護する人を全面的にバックアップするフェアなんですね。
映画上映やワークショップ、体育館では落語やプロの演奏もあり、かなり充実した内容。中村敦夫の基調講演は聴き逃したけど。
紙オムツの製造販売会社の社長と落ち合って、ひととおり回り、知人のブースでおしゃべり。
彼女は介護サポートの事務所を一人で運営している。販売はしない。紙オムツを中心にした介護用品の選び方、使い方、業者への対応などなどをアドバイスする総合的な介護コンサルタントのような仕事。
これはありそうでなかった役割だけど、当事者にはものすごくありがたい存在だと思う。
社長と分かれた後、かねてから興味のあった認知症疑似体験のブースへ。
DVD付きの特殊メガネをかけて、トイレに行きたくてもたどり着けないで家の中をさまようおばあちゃんの目線をバーチャル体験する。ものすごく視野が狭くて、テンポがのろい。
体験希望者に、若めの男性が多いので驚いた。私より下、40代前半か、30代もいる。そこだけじゃなくて、会場全体がそう。
介護家族は同世代というより、もっと若い層に及んでいるわけか。
そうだよね。たぶん当の本人ではなく、ましてや老老介護の一方ではなく、ここに来る、来ることができるのは、身体的にはちょっと距離のある、しかし、心情的には切羽詰まった人たち。つまり、私みたいな立場の人間なのかもしれない。
実際、その後、参加した「パーソンセンタードケア」の講座は満席で、まさに同世代の人間たちばかり。
座って、講演を聴いていると、一種不思議な一体感が生まれてくる。私だけかもしれないけれど、何か、皆が、それぞれの置かれた境遇に照らしながら、同じようなことを考えているような、共感作用。
パーソンセンタードケアというのは、欧米の介護や看護の場面で生まれた考え方で、それ自体は、まさに言葉そのまま「介護される人を中心に置く」というものなのだけれど、これがかなり深い。
というか、簡単なようで、これが容易にできるものではない。
人間は、どんな場面でも、自分を中心に考えてしまう。これは当たり前のことで、そうでなくちゃ人間、ふつうに生きていられない。たとえ、だから、どうしても、「こうしなくちゃいけないでしょう」と、認知症の人にも状況の逼迫加減を、相手に押し付けてしまう。社会だの常識だのを味方につけて。
相手の位置に思いっきりボンッと自分を持っていって、載せてみる。これがなかなかうまくいかない。チョロチョロできても丸ごと置き換えるのは難しい。
講義の内容で、一番有効だった知識は、人間の潜在意識というものは、主語を持たないということ。
だから、誰かを罵れば、必ず自分が傷つく。逆に、誰かを思いやることで、自分自身が癒される。真実だとすれば、介護する人間に、どれほど大きな励みになるだろう。
(おとな愉快団!「チーム三行半」こてちママ)






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