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連載エッセイ<天国よいとこ 15>

<天国よいとこ31>まるで天国みたいな奥只見の2日間

★地元のボランティア団体“富勢ふるさと協議会”スタッフの研修旅行に初めて参加した。メンバーはたぶん50~70歳代が中心。それにしてもみんなよく呑む。朝8時半にバスでスタートして、すぐ呑み始める。夕方只見に到着するまでアルコールが切れることは無い。夕方6時からは宴会、部屋に戻って2次会、つまり14時間も飲んでいる(皆さん、若いころに比べると体力は落ちていると思うが呑む方は全然衰えないようだ)。

★奥只見では、とにかくお蕎麦が美味しかった。山ばかりで田んぼや畑があまり作れない土地だ。痩せた土地でも蕎麦は育つ。只見は水が良い。だからどの農家も美味しい蕎麦を作る。山芋、わらび、ゼンマイ、大根おろし、天かすを盛り合わせた山菜蕎麦は只見の名物だ。私の味覚も老齢化してきたのか、昔はテンプラ蕎麦が1番好きだったのに、今回は山菜蕎麦を注文した。

★夜の宴会料理もナチュラルだった。地元の日本酒と川魚のてんぷらがメインのご馳走、それと、心のこもった豆腐料理、私は何十年か前のもてなしを受けたようで気分がよかった。酒が弾み、宴会の最後は全員立ち上がって“柏踊り”を踊った。

★翌日の“田子倉ダム”見学も大好評!こんな山奥のダムで生まれた電気が、山を越え、川を越えて送電線で運ばれて、柏の我が家の電灯がついているのだと思うと不思議な気持ちになった。

★電気を見つけ出した人は誰だろう? こんな目に見えないものを、よく見つけたもんだ。もしかして、“近代的魔法使い”かも知れない。その彼のお陰でこの50年間、下界の生活は飛躍的に便利になった(電灯、冷蔵庫、テレビ、電話、パソコンみんな電気のお陰で動いている)。

★わたしはこの旅行中幹事の手伝いをしたので、2人の幹事と親しくなった。柏に帰ってきて、幹事ご苦労さんパーティーをやったときMさんは“この只見の2日間、みなさん現実の柏の生活のことを、ほとんど忘れてしまって、天国で暮らしたような気分だったのでは?”と言った。私もそう思った。

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★私が小学5年まで育った田舎は新潟県東蒲原郡津川町、つまり只見町のちょうど裏側だ。県境の山は御神楽岳、私はこの山を見るたびにあの山の向こうには何があるのかな? と思っていた。当時高校2年の姉は“山のあなたの空遠く、幸い住むと人は言う”(カール・ブッセ)と教えてくれた。それが<奥只見>だったのだ。

★只見川は尾瀬沼から流れ出している。そして会津で阿賀野川となり、新潟県の山奥を流れて、新潟湾に出る。私の故郷津川町は阿賀野川下流の港町、水は青々として冷たかった。手ですくって飲むと美味しかった。尾瀬から流れ出した水だったのだ。

★尾瀬の山奥で嵐で樹が倒れて、それが只見川に流されたとする。曲がりくねった川のあちこちで岸の岩にぶつかり、枝は折れ皮は剥がされて新潟の海岸に打ち上げられる頃には、干からびて角が丸くなり、お茶席の床の間に似合うようにな流木になっているかもしれない。

★私の人生を流木に例えてみると、私はすでにかなり下流に近い。川もゆるやかに流れている。まだ、角が取れて人間が丸くなったとはいえないが、今回の奥只見の2日間は良い旅行だった。私をナチュラルにしてくれた。

★私も、少しずつ、天国に近づいているのかなあ?

(文:ピータローさん)

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