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連載エッセイ<天国よいとこ 11>

京都のお庭と大ロマン

★私は京都が大好き! 特にお庭が大好きだ。30代の時、転勤で3~4年京都で暮らした。休日にはいろいろお庭を見て回った。

★特に好きなお庭は嵐山の「大河内山荘」と大徳寺の「高桐院(こうそういん)」。

★時代劇のスターだった大河内伝次郎さんは、映画の撮影が太秦だったので、近くの嵐山の小高い丘を買い取って、それを自宅にして丘全体を庭にした。彼はコドモに恵まれなかったので一生の収入をすべてお庭につぎこんだようだ。

★京都市内を一望出来る丘の中腹に芝生庭園を作り、お茶室を立ててそこで奥さんと二人でイッパイやりながらお花見をしただろう! 自分の死後のお墓のつもりで持仏堂も建てた。そこへ行く露地は両側に竹を土に半分埋め、歩くところには白砂、優雅な小道だ。(伝次郎さん自身のアイデアのようだ。)

★彼の死後、お庭の維持費があまりにもかかるので、奥さんは「大河内山荘」として一般開放したが、観光客が多すぎると庭が荒れるので、京都のガイドブックなどには場所を知らせず、拝観料もほかより高くして、本当にこのお庭を愛してくれる人だけに開放している。

★高桐院は細川ガラシャ夫人の菩提寺。大徳寺はお寺の団地のように沢山お寺があるが、高桐院はあまり一般には知られていない。女優の岩下志麻さんが篠田正浩監督と結婚したときの会場がこのお寺だ。

★ここのお庭はとにかくカエデの青葉と、コケの緑がすばらしい! 5月頃、太陽の光がカエデの青葉のフイルターの間から入ってきて、お庭全体に見事に生えたコケが、お寺さんの心を込めた打ち水で水玉が光り、木漏れ陽に反射して光る! 最高のお庭だと思う。

★戦国時代、夫の細川忠興公が出陣しているスキをついて敵に襲われたとき、ガラシャ夫人は身の純潔を守るため自決した。戦場から帰ってきてそれを聞いた忠興公は涙が止まらなかったと言われる。

★私は高桐院を訪れたとき、お二人のお墓に参るようにしている。忠興公は、当時一流の茶人、一方、ガラシャ夫人は、当時異端とされたキリスト教徒だ。二人は全く違う世界を持ちながら、細川藩という大切な国を預かりお互い相手を理解しながら仲良く暮らしていたのだ!

★高桐院の住職がこの二人を結びつけた。(お二人の墓が仲良く並んでいる。)

★後から天国に行った忠興公は、待っていたガラシャ夫人と出逢って、さぞ、嬉しかったと思う。天国では、もう、家来や知行地の心配も無く、忠興公はお茶の、ガラシャ夫人は信仰の毎日で、楽しく暮らしたと思う。

★数百年前の京都の大ロマンである。(うらやましいな!)

(おとな愉快団! ピータロー

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