連載エッセイ<天国よいとこ 8>
柏の天国のパリー祭(芦野宏さんの思い出)
★私は20才のころシャンソンが好きになった。新宿歌舞伎町の「ラ・セーヌ」というシャンソン専門喫茶店に、原 孝太郎というシャンソンに惚れ込んだミュージシャンがいた。カレはヴァイオリンを弾きながら、いろんなエピソートを話しながらシャンソンを聞かせてくれた。(今はもう、この世にいない。たぶんパリの天国に行っているだろう)
★中年になってデパート向けに、ヤングに人気のあるファッションブランド「ジャン・ポール・ゴルチェ」のパリ本店を訪ねたことがある。「ゴルチェのジュエリーをやらせてもらえませんか?」(条件が合わず、ダメだった)その帰りにゴルチェのスタッフに「せっかくパリに来たので本場のシャンソンを聞いて帰りたい、どこでやっていますか?」
★パリのシャンソニエ(シャンソン専門のホール)はみなつぶれてしまった。現在は観光客向けのシャンソニエが1軒だけモンマルトルにあるらしい。私はガッカリした。日本で安保時代に流行した「歌声喫茶」が現在無くなってしまったように、パリでもシャンソンの灯が消えてしまっていたのだ!(現在パリのヤングの好みは「ジャズ」だと言う)
★その後、前橋や宇都宮のホテルで「ジュエリーフェア」をやったとき、日本のシャンソン歌手の草分け、芦野宏さんをお呼びした。カレは「万年青年」でフェアに来た中年のお客様を楽しませてくれた。カレは油絵も得意だ。二科展入選のレギュラーだというから、絵のほうでも「プロ」だ。渋川の<シャンソンミュージアム>でカレの絵を拝見したが、パリや避暑地(たぶん地中海のコートダジュール)を描いた絵が多かった。(パステルカラーの絵が多く、私は心が和んだ。)
★原 孝太郎さんの話では、「パリー祭」はパリの下町のヤングのイベントだったらしい。バカンスになるとパリのハイソサエティ(上流社会)の人たちは、ほとんど地中海の避暑地に行ってしまう。バカンスに行けない下町のヤングにとって7月15日のパリー祭は大切だった。ダンスパーティーに参加出来るのは、男性は18才以上、女性は16才以上と決められている。つまり彼らとってパリー祭ダンスパーティーは「社交界デビュー」のチャンスだったのだ。
★男性も女性もこの日のために、一所懸命ダンスの練習をした。日ごろ想いを寄せている女性にダンスを申し込んでも、もし下手だったら1~2曲でサヨナラされて、他の男性に彼女を取られてしまう。(これは女性も同じだった)「巴里祭」と言うフランスの映画では、このような「ロマンス」が描かれていた。(パリの下町の街角では、きっと沢山のロマンスが花開いたのだろう!)
★もしも私が柏の天国に行ったら、7月15日には「柏のパリー祭」をやろうと思う。たぶん柏にもパリの好きな仏さまが沢山いる。若い頃シャンソンに親しんだ仏さま、新婚旅行でパリに楽しい思い出のある仏さま、転勤でパリに派遣されパリの女性に何か思い出のある仏さま、ホテルのコックの修行中、本場のパリ料理を味わいに行った仏さま、ワイン大好きで、パリの街中のワインを飲み歩いた仏さま、みんな「パリ大好き仏さま」である。
★天国の市役所の掲示板に「皆さんの思いを込めた<柏のパリー祭>をやりませんか? 会場は天国の柏市役所前広場、7月15日、日暮れごろスタート、当日は特別ゲストとして<芦野宏さんのパリー祭シャンソンの夕べ>を開催予定です。日曜朝市のように、皆さんドリンク、オツマミを持ち寄って、パリー祭パーティーをやりませんか?」
★芦野さんは渋川から「ボランティア馬車」を乗り継いで、1泊2日もかかって柏に来てくれる。娯楽の少ない柏の天国ではビックイベントだ。当日はアンコール、アンコールの連続で、コンサートが終わるのは10時過ぎだろう。
★天国にはホテルが無いので、芦野さんは我が家にお泊めする。何もありませんが、我が家の裏庭のホウレンソウとタマゴのバター炒め、柏特産のチンゲン菜とネギと鶏肉の野菜炒め、銚子から取り寄せたイカ刺し、ドリンクはお隣のオジサンの日本酒の冷酒とブドー酒、ホステスは、「井の頭公園のシンデレラ」がユカタ姿でおもてなしします。
★先生、今晩はユックリやって下さい。もし気分が乗ったら私の大好きな「枯葉」を唄ってくれませんか。(私にとってそれは「最高のパリー祭」です!)
(おとな愉快団! ピータロー)
※<芦野宏さんのパリー祭シャンソンの夕べ>はエッセイの創作上のもので、実際に開催されるわけではありません。ご了承ください。






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