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連載エッセイ<天国よいとこ 6>

天国のイタリーネックレスメーカーのオーナー

★私は時計会社のジュエリー部門にいたころ、ヤングに人気のあるファッションデパートのバイヤーを連れてイタリーにネックレスの買い付け旅行に何度か行った。その時私が出会ったネックレスメーカーのオーナーがクレマスコである。カレはイタリー北部のバッサノという田舎町の農家の長男だったが、ミラノの大学でコンピューターを学びネックレス工場で修業をして、30才の若さで郷里のバッサノにネックレス工場を作った。

★イタリーはネックレスのメッカで世界中から注文が来る。しかし多くのメーカーは大口の注文がくると、先に受付した小口注は後回しにしてしまう。(だから納期を守らないと評判が悪い)。しかしクレマスコはコンピューターを生かして小口注文にもキチンと納期を守った。特に納期にうるさいアメリカのジュエリーショップはクレマスコのやり方を信用して取引が多くなりイタリーでも「ベスト5」のメーカーに成長した。

★翌年、日本市場開拓のために来日したクレマスコを私は寿司に招待した。日本酒の冷酒をグラスに入れてすすめたら「これはおいしいワインだ」といって何杯もお代わりしていた。

★翌年私が出張したとき、この前のお礼だといってカレの自宅に招待してくれた。自宅と言っても700年前の古城で小高い丘全体がカレの家である。4階建てぐらいの高い時計塔がある。大広間は大理石が敷きつめてあり、すばらしいシャンデリアがあった。(昔、貴族のお姫様を集めて舞踏会をやったのだろう!)

★その夜のパーティーで、私は持参したウクレレを弾きながらイタリー語で「昴(スバル)」を唄った。<イタリーで貴方が見るスバルも、日本で私が見るスバルも同じ星です。二人は同じジュエリーの世界で働く仲間、何か悩むことがあったら、スバルを見ながらこの歌を唄いませんか?>(私が勝手に作った歌詞)その夜の出席者はクレマスコの家族や友人だけで、イタリー語しか解らない人がほとんどだったので、みんな喜んでくれた。

★クレマスコの4人の娘さんには、私のムスメが盆踊りに着た「ユカタと帯」をプレゼントした。さっそく着替えて、はしゃいでいた。オクサンのアンナは自慢のペペロンチーノをご馳走してくれた。私はそれまで、あまりスパゲティを食べたことが無かったが、これは美味しかった。パーティーの最後には大広間でダンスパーティー、アンナは私とワルツを踊ってくれた。言葉は通じなかったが(私はイタリー語は全然しゃべれない。)楽しかった。

★クレマスコはファミリーや仲間を大切にする人だから良い後継者が育っているし、アメリカのお得意先も安定しているので、彼が天国へ行っても、ネックレス工場は何の心配も要らないだろう。

★カレはバッサノの天国へいったら、アンナとレストランをやるのではないか?バッサノは田舎なのであまりおいしいレストランが無い。そこでクレマスコは農家を買い取って中世風に改造してレストランを作る。天国では彼はもうネックレスの仕事はしなくていいので、、バーテンでもやりながら仲間の仏さまたちと楽しくやるに違いない。休日にはバッサノはアルプスに近いので、1日中、大好きなスキーを楽しむと思う。

★柏の天国からバッサノの天国はとてつもなく遠いが、何十年に1度、市役所の主催で「イタリーツアー」があるらしい。(抽選で20名)もし私が当選したら、「キント雲特急」に乗って、またクレマスコに会いたいな! ワインを飲みながら、二人で「昴(スバル)」を唄いたいな!

(おとな愉快団! ピータロー

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